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新米ママと、ときどきオトン。

未年うまれのむすめを育てる新米ママと、その夫がときどき登場する子育てブログです。

妖怪・心配ババア現わる!孫の心配もいいけれど、母親のメンタルにもっと寄り添ってほしいって話

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こんばんは、新米ママのtononecoです。子育てをしていると、時に自分たちの親(赤ちゃんの祖父母)が心配事を炸裂させていることがありませんか?しかもそれをストレートにわたしたち親にぶつけてくる。^^; 今日はどうしてそんなことになるのかの考察とわたしが望む適度な距離感についてです。

近所のスーパーで、ママに不安をぶつける「妖怪・心配ババア」を見た!

先日近所のスーパーで、むすめと同じくらいの月齢の男の子を連れた、ママとおばあちゃんに行きあいました。そして、エレベーター乗り場の前ですこしだけお話をしました。 ほんの少ししか話していないのですが、「あら?なんだかこの子のママよりも、おばあちゃんのほうが孫の成長を気にしちゃってる?」と思うことがありました。

最初、ママはトイレに行っていたようで、わたしはおばあちゃんと話していました。 会話の中で、月齢が近い(うちの子のほうがひと月早く生まれている)ことがわかりました。その流れで「おしゃべりしてる?」と聞かれ、もうこの時点ですこしぎくっとしたのですが、「まあ、パパママとか単語がいくつかですかね~」と、曖昧に返答したました。

すると「あら~そう、うちの子は全然なのよ~!!困」とおばあちゃん。(わたしの話はたぶん、あんまり聞いていない。)

そんな会話の途中でママが戻ってきて、すこし苦い顔をしながら「でもハイハイとか…。このくらいの子なら単語が5、6個出てれば充分だと思うよ!」とおばあちゃんに反論気味に話していました。

言葉の発達はすごく個人差のあるところだし、考え方としてはわたしもママの言うとおりだと思って聞いていました。

ちょっと微妙な空気になりかけたところでエレベーターが来てそのまま会話は終わってしまったのですが、わたしにはある構図が浮かんでいました。

好き勝手に心配する祖父母と、その言動に振り回される母親、という構図

孫を可愛がるからこそ、発達の面も気にするおばあちゃん心。わかります。
でも、心配するとは言っても自分が現役で子育てしたのはウン十年前、当然記憶は曖昧だし育児の常識もそのころとはだいぶ変わっているはず。
つまり親と同じようにそばで見守ってはいるものの、育児についての知識はとぼしいのです。なのに、自分の中の発達の基準(あくまでイメージ)とズレがあると、もしくはよその子どもと安易に比べてすこしでも遅いようならばおおげさに心配してしまう。
さらに言えば、心配するだけで新しい知識を学ぼうとするまでの姿勢を取ろうとしていないんじゃないでしょうか。なんというか当然、そこまでするつもりはない、という考えを持っているというか。

また、そうやっておばあちゃん自身が不安にとらわれている時、親の気持ちは無視なのです。無視と言うかもはや、「あんたが親なんだから、どうにかしてっ!!!」というムチャ振りすら透けて見える…。

しかも時には赤の他人であるわたしにまで心配を撒き散らしていくのです。他人(わたし)には、どうしてあげることもできません。子どもの発達に嘘も付けないですし。 おそらく「うちの子も、まだただのひとことも言葉をしゃべらないんですよ〜。おなじおなじ!」などのリアクションを期待して、要はただ不安を和らげたいのだとは思うのですが。

「先人の知恵」と「育児の常識」はイコールではない

これは育児全般に言えることなのですが、いくら人生の先輩とは言え、「現役パパママではない人の育児知恵袋」や、「とんでもアドバイス」は真に受けてはいけない、ということ。もはや最近の親たちの間ではセオリーです。 最近ではさいたま市などいくつかの自治体で、子育ての新常識などをまとめた、「孫育て応援。祖父母手帳」なるものも発行されているそうです。
そう。おそらくつまり、自治体が乗り出すほど、どうにかしなくてはいけない現象なのだと思います。わたしの地域でも欲しいなあ、「祖父母手帳」!

さいたま市/孫育てを応援!「祖父母手帳」をご利用ください

とにかく、街で行き会ったおばあちゃんから言われる何気ないひとことでも、パパママ的には時にはぐさっとくるような事がある。子育て中、特に発達に関しては結構神経質になるものです。 より近い存在の祖父母が、勝手に中途半端な心配をして、実際に育児に向き合っているパパママを困惑させている。いくら「おじいちゃんおばあちゃんは現代の子育てを知らないから」と思うようにしても、やはり苦い思いをするものです。

なんかもう、たぶん忘れちゃってるんですよね。 自分たちが現役で子育てしてる時、正解がわからなくて不安な中頑張っている育児に対して、無責任な口出しをして欲しくないって思ったと思うんです。でも時が経ちそんなこと忘れちゃって、今度は自分が人生の先輩として「とんでもアドバイス」をしてしまう側に。そしてこれ、親切心からで悪気がないというのも、やっかいなところです。

そしてさらに良くないのは、この「心配」をぶつけることですよね。行き場のない不安を、親にぶつける。医者でもなく。心配をぶつけても的確な解答が得られるわけもないとわかっていると思うので、もはや自分の感情をぶつけているだけです。

もはや、そういう「妖怪」なのかな、と。

パパママだって、自分の子どものこと、じゅうぶん心配しているんです。微塵もわが子が心配じゃない親なんていないいんじゃないでしょうか。しかもその指摘は、もしかしたらとっくの前からパパママは気にしていることだったりするかもしれない。 それでもなんとか冷静になって自分を保ってるっていう状況かもしれないのに、そこに炸裂する「心配ババア」砲。

しかも自分に一番身近な実母や実父からの砲撃とあらば、当たる確率、ヒットした時の衝撃ともに大きいです。心はぐらぐらと揺れ、反発したくもなります。 本音としては「心配するのは勝手だけれど、はっきりいって放っておいてほしい。口出ししないでほしい。」そんなパパママの叫び声が聞こえるようです。

大切にしてほしいのは、ママのメンタルです

おじいちゃんおばあちゃんにお願いしたいのは、孫を可愛がるあまり盲目になるその前に、わが子がもがきながらその孫を必死で育てているのを忘れないで欲しいということです。 孫を大事にするのと同じくらい、パパママのメンタルを大切にしてあげてほしい。というか、尊重してあげてほしいのです。

ちょっとの気遣いで気付くと思うのですが、こんなこと言われたら不安煽っちゃうよね、と。自分の心配を撒き散らしてまわりを巻き込むのは、育児意外の場面でも歓迎されません。

以前読んだメンタルヘルス系の記事で、「他人の課題を自分の問題にしないこと。」という記述がありました。そうすることで相手を信頼することにつながり、お互いに良好な関係を築ける…という内容だったと思います。

それな!強めに思いました。

頭を悩ませながら手探りで子どもと向き合う育児。大変なところはまるごとパパママを信頼して任せておいて、おじいちゃんおばあちゃんは「かわいいかわいい」だけで充分なのだと思います。

孫、可愛がられてハッピー。祖父母、孫可愛がれてハッピー。パパママ、そんな姿を見て親孝行できてるかも!ハッピー。

実際にはいろいろな事情があったりしますし、これは究極に単純化した理想像ですが、とてもシンプルな考え方だと思います。

可愛がってくれるのもありがたい、心配してくれるのもありがたい、でも感情をぶつけられて受け止められるほどの余裕は、育児の渦中のわたしたちはまだ持てないのです。どうか、パパママを信頼して、適度な距離感をお願いしたいものです。

今日は少し感情的になってしまいましたが、わたし自身の経験、友人など同じ新米ママの話でも度々話題にあがるので、結構共感してくれる方はいるんじゃないかな、と思ったのです。 長くなってしまいましたが、今日はこのへんで。^^